この連載は、日々の中にふと立ちのぼる感情や、社会の片隅で揺れる思索を、AIとともに形にしていく試みです。
言葉を通して、私たちが見落としがちな「こころの風景」をすくい上げる——そんな静かな対話の記録です。
毎回、ひとつの断章として、小さな物語・詩・エッセイをお届けします。
今回の断章は――
・いつまで経っても、アウェーだった
を描いたエッセイです。
いつまで経っても、アウェーだった
- 叔父が亡くなったと連絡を受けたとき、少し驚いた。
- そして、少し動揺した。
- 叔父は高齢だった。
- 数年前には大きな病気もしていた。
- だから、いつかこういう連絡が来るのではないかと、どこかで思っていた。
- 一時間も経たないうちに、気持ちは落ち着いた。
- 特に強い悲しみが押し寄せてきたわけでもなかった。
- 叔父と不仲だったわけではない。
- 母が元気だった頃は、正月になると叔父の家を訪ねた。
- そのたびに食事を用意して、歓迎してくれた。
- ただ、母が一人で暮らせなくなり、施設に入った頃からだっただろうか。
- 叔父の私に対する態度が、少し変わったように感じた。
- 母を施設に入れたことに、何か思うところがあったのかもしれない。
- それとも、私の考えすぎだったのかもしれない。
- もう、そのことを本人に聞くことはできない。
- 叔父が亡くなったことよりも、私が憂鬱だったのは、葬儀に行くことだった。理由は、叔父との関係だけではなかった。
- そこに集まる親族たちの中に、自分がいることを想像すると、どうにも気が重かった。
- 親族なのに。
- 身内なのに。
- 私は、あの場所に行く前から、少しアウェーだった。
親族の中にいるのに
- 葬儀には、兄夫婦や叔母、従兄弟たちが集まっていた。もちろん、知らない人ばかりではない。兄は実の兄だし、叔母や従兄弟も昔から知っている。
- それでも、私はその中にいると、どこか落ち着かなかった。
- 兄とは、仲が悪いわけではない。ただ、年齢が離れていることもあり、普段から頻繁に会うわけではない。
- 会えば話はする。
- しかし、自然に会話が続くような関係でもない。
- それに、兄と私は、考え方も性格もかなり違う。
- 兄はよく話す。
- 誰とでも調子よく話し、その場を自分のペースにするのが上手い。
- 私は、その逆だ。
- 人の輪の中に入るのは得意ではない。
- 何を話せばいいのかわからなくなることもある。
- 無口だと言われることもある。
- 叔母や従兄弟たちにも、それぞれの関係があった。
- 子どもの頃から一緒に遊び、大人になってからも交流が続いている人たちがいる。
- その輪の中に、私は入っていない。
- 誰かに仲間外れにされたわけではない。
- 誰かが私を嫌っているわけでもない。
- それでも、そこにいると、自分だけが少し外側にいるような気がした。
- 親族の中にいるのに。
- 身内の集まりなのに。
- どうにも、自分の居場所が見つからなかった。
待っている時間が、いちばん長かった
- 葬儀そのものは、まだよかった。
式が始まれば、やるべきことがある。
座っている。
手を合わせる。
式の流れに従う。
そこでは、何かを話さなければならないわけではない。
- しかし、待っている時間は違った。
- 式が始まる前。
- 次の予定までの時間。
- 食事をしている時間。
- 誰かと話していなければならないわけではない。
- だからといって、一人で黙っているのも、どこか落ち着かない。
- 周りでは、誰かが誰かと話している。
- 笑い声が聞こえることもある。
- 私は、その会話の中に入ることもできず、ただそこにいる。
- 時計を見る。
- まだ、こんな時間しか経っていない。
- また少し経って、時計を見る。
- それでも、あまり時間が進んでいない。
- その日、時間はいつもよりゆっくり進んでいた。
- 待っている時間と、食事の時間が、特に長かった。
- 早く帰りたい。
- ただ、それだけを考えていた。
- 今思えば、私はずっと、その場から逃げたかったのかもしれない。
家に帰ってから残ったもの
- 葬儀が終わり、家に帰った。
- 家に着いたときは、ようやく終わったという気持ちだった。
- ほっとした。
- しかし、時間が経つにつれて、なんとも言えない嫌な気持ちが残ってきた。
- 疲れていた。
- それは間違いない。
- ずっと居心地の悪い場所にいたのだから、疲れて当然だと思った。
- でも、ただの人疲れとも少し違う気がした。
- 家に帰ってからも、あの場所の空気がどこかに残っていた。
- ずっと気を使っていた。
- 何を話せばいいのか。
- 何を言わない方がいいのか。
- 自分は、どこにいればいいのか。
- 何もしていないようで、ずっと何かをしていた。
- 周囲の様子を見て。
- 空気を読んで。
- 自分がそこにいても不自然ではないようにしていた。
- だから疲れたのだと思う。
- ただ、それだけではなかった。
- 家に帰ってから、ふと思った。
- また、馴染めなかったな、と。
- たぶん私は、少し自己嫌悪に近いものを感じていたのだと思う。
- もっと自然に話せばよかったのか。
- もっと自分から会話に入ればよかったのか。
- なぜ、自分だけこんなふうになるのだろう。
- そんなことを考えていた。
- でも、少し時間が経つと、自己嫌悪という言葉だけでは、何かが違うような気がしてきた。
- 私は、自分を責めていたのだろうか。
- それとも。
- ただ、また自分の居場所がなかったことが、思った以上につらかったのだろうか。
- 「また馴染めなかった」というよりも。
- 「また一人だった」
- という感覚の方が、近かったのかもしれない。
何十年も前の叔父の家
- そんなことを考えていたとき、なぜか子どもの頃のことを思い出した。
- 私が通っていた保育園の近くに、叔父の家があった。
- 母が働いている間、私は叔父の家にいることがあったらしい。
- 当時は、母の母である祖母も健在だった。
- 私は祖母と一緒に過ごしていたのだと思う。
- その頃の私は、内気で、人見知りだった。
- 母への依存も強かったらしい。
- 保育園にも行きたがらなかったという。
- 叔父の家でも、私はほとんど話さずにいたそうだ。
- 正直に言えば、当時のことを私はあまり覚えていない。
- 楽しかったのか。
- 寂しかったのか。
- 怖かったのか。
- よくわからない。
- ただ、今の自分から考えると、あの頃の私は、ずいぶん居心地が悪かったのではないかと思う。
- まだ小さくて。
- 何もわからなくて。
- 人との距離の取り方もわからなくて。
- 母から離れることも不安だった。
- そんな子どもが、知らない大人たちのいる場所で、うまく話せずに黙っていた。
- 大人になった今でも、人の輪の中に入れないことがつらいのだから。
- 何も知らなかった子どもの頃なら、なおさらだったのではないだろうか。
- もちろん、これは今になってそう思うだけだ。
- 当時の私が、本当にどんな気持ちだったのかはわからない。
- でも。
- あの日、葬儀の場で感じた居心地の悪さと。
- 何十年も前の叔父の家にいた自分が。
- なぜか、少し重なって見えた。
変わったはずなのに
- もちろん、子どもの頃と今は違う。
- 私は大人になった。
- 仕事もしてきた。
- 人と話すこともある。
- 子どもの頃より、できることは増えた。
- 昔の自分と、今の自分が同じわけではない。
- それでも。
- 人の輪の中に入れないとき。
- 自分だけ少し外側にいると感じたとき。
- 昔とよく似た感覚が、心のどこかから出てくることがある。
- 大人になれば、昔苦手だったことも、少しずつ乗り越えていくものだと思っていた。
- 経験を重ねれば。
- 年齢を重ねれば。
- いつか、人との距離の取り方も自然にわかるようになる。
- 自分の居場所も、上手に作れるようになる。
- そう思っていた。
- でも、そうでもないらしい。
- 人は変わる。
- 昔よりできることも増える。
- それでも、昔の自分が完全にいなくなるわけではないのかもしれない。
- 何かの拍子に。
- 昔と似た空気の中に入ったとき。
- 心の奥に残っていた昔の自分が、また少し顔を出す。
- そんなことがあるのかもしれない。
いつまで経っても、アウェーだった
- 叔父の葬儀で感じたアウェー感は、叔父との関係だけが原因だったわけではない。
- 兄との関係。
- 従兄弟たちとの距離。
- 自分自身の性格。
- いろいろなことが重なっていたのだと思う。
- そして、もっと前から続いていた何かも。
- 私は昔から、こういう場所が苦手だったのかもしれない。
- みんなが自然に話している場所。
- すでに関係ができあがっている場所。
- 自分だけが、どこに入ればいいのかわからない場所。
- そんな場所に行くと。
- 今でも、居心地が悪くなる。
- いつまで経っても。
- 年齢を重ねても。
- 大人になっても。
- 私は、ときどきアウェーになる。
- いや。
- 本当は、その場所がアウェーなのではないのかもしれない。
- そこにいる自分が、自分自身をアウェーにしているのかもしれない。
- でも、それも、まだよくわからない。
- あの日、家に帰ってから感じた、あの嫌な気持ち。
- あれは、ただ疲れていただけだったのか。
- また馴染めなかったことへの自己嫌悪だったのか。
- それとも。
- ずっと昔から持っている、居場所のなさのようなものが、少し顔を出したのか。
- 今でも、よくわからない。
- ただ。
- 叔父の家で、ほとんど話さずにいたという子どもの頃の私と。
- 親族の中で、どこか居場所を見つけられなかった今の私が。
- あの日は、少しだけ同じ場所にいたような気がしている。
- 何十年も経っている。
- それでも、人は昔の自分を完全に置いていくことはできないのだろうか。
- あの日、親族の中でアウェーだったのは。
- 今の私だけだったのか。
- それとも。
- 叔父の家で、黙っていたあの頃の私も。
- まだ、心のどこかにいたのだろうか。
免責・補足
本記事は、筆者自身の経験や、そのときに感じた感情をもとにした個人的なエッセイです。
記憶や人間関係については、あくまで筆者自身の受け止め方や解釈が含まれており、事実関係や他者の内心を断定するものではありません。
また、本記事の執筆にあたっては、OpenAIのChatGPTを専属編集者兼・思考の批評者として活用しています。
ただし、記事に記されている体験や感情、考え方については筆者自身のものであり、最終的な内容の判断と責任は筆者にあります。
