この連載は、日々の中にふと立ちのぼる感情や、社会の片隅で揺れる思索を、AIとともに形にしていく試みです。 言葉を通して、私たちが見落としがちな「こころの風景」をすくい上げる——そんな静かな対話の記録です。 毎回、ひとつの断章として、小さな物語・詩・エッセイをお届けします。 今回の断章は―― ・カンパチを買わなかった夜 を描いたエッセイです。 カンパチを買わなかった夜 刺し身売り場の前で、少し立ち止まった。 まぐろか、カンパチか。 値段はほとんど変わらない。どちらも一柵、九百円前後。 透明なパック越しに見る身の色は対照的で、まぐろは見慣れた赤、カンパチは淡い光を含んだ白。 私は、まぐろが好きだ。晩酌のつまみとして、定期的に買っている。味も食感も知っている。裏切られることは、ほとんどない。 けれど、毎回まぐろでは飽きる。 少し変化がほしい。そう思って、白身魚を試したこともある。平政や平目の、あの弾力のある歯ごたえは、確かに好みに合っていた。 先週は真鯛を選んだ。悪くはなかったが、どこかしっくりこなかった。 後で生成AIに尋ねると、水分が多く、ややねっとりしやすいタイプかもしれないと言われた。なるほど、と思った。味覚の違和感に、理屈が与えられた気がした。 その流れで、カンパチは合う可能性が高い、とも提案された。弾力が強めで、食感もはっきりしているらしい。 理屈は揃っていた。 それでも私は、パックを手に取りかけては戻し、結局まぐろを選んだ。 今週は、失敗したくなかった。 たった九百円だが、先週の小さな違和感を繰り返すのは、どこか惜しい気がした。安心できる方へ、静かに手が伸びた。 店を出て、夜道を歩きながら、袋の中の重みを確かめる。 いつも通りの選択。いつも通りの味。今日の晩酌は、きっと満足するだろう。 それなのに、胸の奥にかすかな引っかかりが残った。 カンパチは、そこにあった。 挑戦というほど大げさなものではない。けれど、自分の好みをもう一段深く知る機会だったのかもしれない。 まぐろは美味しかった。 安心できる味だった。 それでも、舌の奥に、食べなかった何かが残っている。 人は失敗を避ける。 けれど、避けた結果の静けさに、わずかな物足りなさを感じることもある。 あの売り場で、私は何を守ろうとしたのだろう。 味だろうか。それとも、先週の記憶だろうか。 次に迷ったとき、私はどちらに手を伸ばすのだろう。 免責・補足 本記事は、筆者が散歩中に偶然目にした出来事をもとに、そのとき感じたことや考えたことをエッセイとしてまとめたものです。登場する人物は特定の個人を指すものではなく、氏名・学校名・地域など個人を識別できる情報は一切含んでおりません。 また、本文中の心理的な考察や解釈は、あくまで筆者個人の想像および一般論に基づくものであり、特定の人物の事情や状態を断定する意図はありません。 なお、本記事の作成にあたっては... 続きを読む
